コッド論文に触れて
データベースの歴史を勉強するする上でコッド博士がよく登場する。 1970年に発表された論文が現在のRDBMSの骨格となっている。 アポロ11号が月面に着陸したのが1969年7月20日 私が最初に触れた、マイクロコンピュータは1976年に発売されたNEC TK-80だった。 この頃は、外部記憶装置はテープレコーダーの録音・再生が利用可能な手段。 初めて、自分で買ったパソコンは、就職して初めてのボーナスで買ったNEC PC-8001だった。 購入当初の記録装置はテープレコーダーしばらくして、5インチのFDが購入可能な価格帯になり、 純正ドライブではないが工人舎のドライブを16万位で買ったような記憶がある。 5インチフロッピーのメディアで140KBの記憶容量で、当時の価格10枚1箱で1万円 大須のアメ横によく買いに走った。 データ処理の方法として、シーケンシャルファイル、ランダムアクセスファイルといった形式で プログラム主体のデータ処理がレファレンスマニュアルに記載されていた。 制御系のプログラムが主体だったので、事務関係のデータ処理に関わることは少なかったが、 DBASE2、DBASE3、PARADOX、Btrieveなど見聞きしていた。 ACCESS95辺りからVBAとMDBに関わり始めたが、データをリスト形式で記録するだけで データ処理と呼べるほどのことはない。 1996年に自営業となり販売管理、仕入管理などパッケージソフト導入を取り扱う、 パッケージで対応できないようなシステムの相談を受けるようになりデータベースに触れる機会が増えてきた。 スタンドアローンのシステムであれば、MDBでそこそこ使えるが 複数のクライアントからの接続を考えると、それなりのサーバーが必要で、 当初はMicrosoft SQL Server7.0を利用しようと思ったが、列名に特殊文字が使えなかったので PostgreSQL6.4を使用し始めた。 現在でもPostgreSQLを使用しているが、現在のバージョンは9.1.1 オープンソースで素晴らしい機能を持ったデータベースを今日利用できるのは、 コッド博士の功績によるところなのだ。 論文が発表された当時と現在ではハードウェアの性能も価格も激変し、コッド博士の論文が あらゆる場所で活かされている。 TK-80のメモリ空間はROM1Kバイト、RAM1Kバイト PC-8001のメモリ空間は64Kバイト 現在の主要なストレージであるHDDでは、テラバイト単位で手ごろに利用できる。 データ処理を、ハードウェアから引き離し、SQL言語を実装したことは素晴らしい。 SQL言語を解釈し、無限のアドレス空間を管理・処理する、縁の下の力持ちがいてくれる。 RDBMSを自由に利用できる現在、人間の知恵、多くの人々の努力に感謝するところです。